「たこ天」は、こどもから大人までが、「た」くましく、「こ」どもの純粋な心を捨てない、自分を取り戻す空間(「天」国)を作り出すプログラムです。『心の創造性』を探求するサイコセラピスト(心理療法家)と共に、大人もこどもも、隠れた自分の逞しさ・元気さ・エネルギーを取り戻し、鍛える四日間の合宿です。

サイコセラピストとは、心をもっと元気にし、たくましくすることを助ける「心の専門家」です。たこ天では、約50名の参加者と10名前後のサイコセラピスト・スタッフが一堂に会します。普段の生活ではなかなか人に話せないことも言葉にし、やってみたいことには思い切って挑戦します。日本でもなじみのある「合宿」形式を用いて、4日間でとことん自分と向き合い他者と向き合うことを通して、生き生きとした、たくましい自分を鍛え取り戻すことを目指します。

 

たこ天の目的・・・

こどもは本来、生き生きとしたエネルギーに満ちています。自然の中で、あるいは仲間の中で、好奇心や探求心の赴くままに自由に駆け回り楽しみます。大人になっても、自由で元気なこどもは失われず心の中に残ります。趣味に熱中するとき、仕事に情熱を注ぐとき、大切な人と思い切り心を交し合うとき、自由で奔放なこどもの自分が活躍します。大人の部分だけではなく、こどもの部分だけでもなく、そのふたつが上手にかみ合い調和するとき、人は生き生きと元気に、社会の中で生きることができます。

しかし、せわしない日々に追われ、勉強や仕事の重責、社会のルールやしがらみに捉われれば、そんな元気なこどもが時に窮屈に閉じ込められ、見失われることも起こります。そんなとき、こどもは学校に行けなくなったり、友達と遊べなくなったり、落ち着きがなくなったりと、様々なかたちで「こころの不調」を訴えます。大人たちは、怒りっぽくなり、人を許せなくなり、やる気を失い「うつ」の波にのまれます。

大人の中にも、こどもの中にも、「生き生きとしたエネルギーを失わない自由でたくましいこども」を取り戻そう!というのが、たこ天の目的です。

 

たこ天の参加者・・・

参加者の年齢層は幅広く、1歳前後のお子様からお年寄りまで広くご参加いただけます。小学生、中学生、高校生、会社員、教師、看護師、企業のリーダー、お父さんお母さんなど、参加者の職業や立場も多岐にわたります。ご家族やご夫婦そろって参加なさる方もいらっしゃいます。毎年、たこ天に参加し、元気な自分を取り戻す、年に一度の自分のメンテナンスの場としてご利用する常連の方もいらっしゃいます。

「息子との関わり方を変えたい」「仕事でもっと力を発揮できるようになりたい」「魅力的な大人の女性として人前に立ってみたい」「50歳の節目を迎えて一度自分を見つめなおしたい」「人に遠慮せずに意見を言えるようになりたい」「なにかあるとすぐにパニックになってしまう自分を変えたい」など参加動機も様々です。

 

たこ天の専門性・・・

たこ天は、心理療法の原理を、一般の方々がもっと元気にもっと逞しくなれるように応用したプログラムです。専門的には「多元統合集団精神療法(multi-dimensional-integrated psychotherapy)」と呼ばれる集団精神療法のアプローチです。アメリカで発展した集団精神療法の理論・技術を軸に、PAS心理教育研究所で独自に発展してきました。40年にわたり毎年夏に実施されています。

 

たこ天村 村長からメッセージ・・・

自分を鍛える夏

「鍛えるというとき、 現代人はそれを特別視しすぎるようになってはいまいか。 オリンピック、 W 杯、 見る者とプレイする 者の関係が強烈に分かれてきていることはないだろうか。 ホモ ・ サピエンスの特徴なのだろうか。 文明が滅びるときは、 こ の見るものとプレイする者との間が極端に分かれるときなのではなかろうか。 自らを賢い人 「サピエンス」 と名付けた現生 人類の間違いが、 様々な神話を生み、 哲学を生み、 その奢りを戒めてきた。

筋骨隆々、 野蛮で狩猟採集で生きていたネアンデルタール人の方が、 子供と遊ぶ時間、 家族の時間を大事にし、 弱者をいたわり、 愛情深くも幸せな生活をしていた。 脳の容量も現代人よりは大きかったと、 研究はサピエンスの賢き 愚かしさも露わにしつつある。 50 万年近く生きたネアンデルタール人は、 現代人ほどに労働に明け暮れてはいなかったら しい。 もっと子や家族への愛情に生きていたという説も強調され始めた。 自分が生きるために自分を鍛え、 愛し合う能 力を高める。 この単純な営みを、 サピエンスは自分以外の外へ預けることを当然のこととし、 子供は保育園に、 スポー ツは誰かにやってもらって見るものになり、 愛することはできなくとも愛されることを求め、 自分の筋を細くし自分の道を手 放しつつあるように思えてならない。

私はたびたび残り火のような 「ネアンデルタール人」 の血が騒ぐ気がする。 自分自身がぶつかり、興奮し、喜び、哀しみ、 怒り、 愛情を注ぎ、 愛情を得て、 人生をよしとする。 そんな一生を終えたいと思う。

たこ天は、 自分が生きる、 自分で生きる空間。 そのために自分に力をつける。 そのためにいろんな人に会ってみる。 子供の時のように奔放に、 率直に自分の感じるところを人前に表してみる。 問うてみる。 限界にチャレンジしてみる。 大人の粋を魅せつけてみる。 女の粋をしなやかに魅せつけてみる。 若者の勢いを、自らに感じ表現をほとばしらせてみる。 一人一人が生に生きる空間の魅力が、 たこ天4日間の夏にある。

一度は会ってみたい今を生きるサピエンスを見つけに来ないかい!」

たこ天村 村長 小谷英文